Introduction
1940年、神戸で貿易会社を営む優作は、赴いた満州で、恐ろしい国家機密を偶然知り、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとする。満州から連れ帰った謎の女、油紙に包まれたノート、金庫に隠されたフィルム…聡子の知らぬところで別の顔を持ち始めた夫、優作。それでも、優作への愛が聡子を突き動かしていく———。
すべての国民が同じ方向を向くことを強いられていた太平洋戦争開戦間近の日本。正義を貫くためには、誰かを陥れなければならない。愛を貫くためには、誰かを裏切らなければならない。正義、欺瞞、裏切り、信頼、嫉妬、幸福。相反するものに揺られながら、抗えない時勢に夫婦の運命は飲まれていく。昭和初期の日本を舞台に、愛と正義を賭けた、超一級のミステリーエンタテインメントが誕生した。
世界中に熱狂的なファンを持つ映画監督、黒沢清が『スパイの妻』で歴史の闇に初めて挑んだ。ロケ地、衣裳、美術、台詞回し、すべてにこだわり、描き出した疑心暗鬼渦巻く狂乱の時代。脚本を手掛けたのは黒沢自身と濱口竜介(『寝ても覚めても』)、野原位(『ハッピーアワー』脚本)。3人が結合することで生まれた化学反応に目を見張る。
音楽を担当したのは、「ペトロールズ」のリードボーカル&ギターであり、浮雲名義でロックバンド「東京事変」のギタリストとしても活動している長岡亮介。本作で映画音楽を初めて手掛け、映画世界の奥行きを広げた。そして、安宅紀史が美術、纐纈春樹が衣裳を担い、美しくもリアリティのある昭和初期世界観を鮮やかに再現している。
日本を代表する才能が集結した本作は、第77回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に選出された。
主演は日本アカデミー賞をはじめ、数々の受賞歴を誇る、実力派女優・蒼井優。儚げでいて芯の強さを持ち、狂気にも近い想いを持って夫を愛し抜く聡子を圧倒的な存在感で演じている。『ロマンスドール』に続き蒼井と夫婦を演じるのは高橋一生。スリーピースに身を包み、聡明で正義の遂行のためには手段を選ばぬ優作を魅力的に体現した。脇を固める俳優たちも実力派が揃った。黒沢組常連となりつつある東出昌大、出演作が数多く控える注目俳優・坂東龍汰のほか、恒松祐里、みのすけ、玄理、そして笹野高史が激動の時代に抗う夫婦を取り巻く人物として、個性豊かに彩っている。